私は以前から、海外の精神科医たちが、こうした「ひきこもり」問題をどのように考えているかに興味がありました。幸い、インターネットの普及で、さまざまな国の精神科医とも手軽にメールを交換できる環境が整いつつあります。さっそく私は、いくつかの国の大学精神科、あるいは精神病院や学会などのホームページにアクセスし、メールを出してみました。

 (中略)

 フランスの精神科医、デニス・ルグア氏は、このような事例はフランスには存在せず、日本文化や日本的生活様式に関係していると述べています。またやはり精神科医のルネ・カソー氏は、それは日本的文脈における社会恐怖ではないか、と述べています。しかし、匿名のある心理学者は、次のような、注目すべき意見を持っています。
 ーーフランスでも状況は同じです。社会的ひきこもりは中学の一年くらいからみられるようになります。彼らの多くはホームレスになるため、果たしてどのくらいの事例が存在するのかは判りません。父親の権威をなくした崩壊家庭が一般的です。精神病のようにすらみえます。彼らはどこから来たのでしょう? 彼らは他人をあてにするばかりで、みずから動こうとはしません。フランスでは、彼らに関する論文をみたことがありません。私たちはやっと、問題の端緒についたばかりなのです。ーー

斎藤環著『社会的ひきこもり〜終わらない思春期〜』PHP新書 1998年 pp.88-90