価格支配力を持った企業の行動について興味深いものの一つに、差別価格政策がある。その一例として映画館の料金の学生割引について考えてみよう。
 映画館の料金には学生割引がある。しかし、レストランの料金には普通、学生割引はない。これはなぜだろうか。

 (中略)

 個々の映画館はそれが立地している地域では、ある程度の価格支配力を持っている。つまり、映画館の料金を安くすれば観客を多少とも増やすことができるのに対して、料金を引き上げれば観客数の減少は避けられない。個々の映画館が料金を引き下げた場合には、学生とその他の人とでは、学生の方をより多くその映画館に引きつけることができる。つまり、価格を引き下げた場合に学生の方がその他の人よりもより多く映画館に映画を見に行こうとするという意味で、学生の映画需要の価格弾力性はその他の人よりもかなり大きいのである。学生に割引料金を提供することによって、その割引率以上に学生の観客数を増やすことができれば、映画館の総収入は増大する。それに対して、その他の一般の観客に割引料金を提供しても、彼らの映画需要の価格弾力性は小さいために、割り引いたわりには一般の観客数は増えない。そのため、一般の観客に割引料金を提供すると、かえって映画館の総収入は減ってしまう。
 このように、学生とその他の一般の人とで映画需要の価格弾力性が大きく事なる場合には、価格弾力性の大きな学生にだけ割引料金を提供することによって、映画館は収入を増大させることができるのである。
 ところが、レストランの食事の料金に学生割引を設けても、レストランは収入を増やすことはできないだろう。確かに学生に割引料金を提供すれば、彼らの食事の量は多少とも増大するかもしれない。しかし、いっときに食事の量をそれほど増やすことはできないから、割り引いたわりには食事の量を増やすことはできないだろう。そうであれば、学生に対して食事の割引料金を提供しても、レストランは収入を増やすことはできない。同じことは一般の人にも当てはまる。このように、食事に関しては、学生とその他の人とで需要の価格弾力性に大きな違いがないので、学生に対して割引料金が提供されないのである。

岩田規久男著『経済学を学ぶ』ちくま新書 1994年 pp.111-113