近代美術の鑑賞は美術教育の延長にあり、美術史・美術理論に関する学術的研究がベースになります。印象派は色や光の理論、ピカソやセザンヌにいたっては、キュビスム独自の平面と空間の理論が必要になります。
 時代背景やモチーフを理解するのもひと苦労です。ゴッホにはゴーギャンとの関係があり、ピカソは自分が愛した女性や身の回りの事物を題材とし、マティスには南仏の原風景があり、シャガールにはロシアという出自があります。時の隔たりを越えて、彼らが見ていたもの、感じていたものを共有するには、歴史学的考証によって掘り起こされた学術的知識の助けが必要になります。
 これに対し、同時代に生きる生身の人間が生みだしている現代美術には、自分に近い感性や問題意識が見つけやすいのではないでしょうか。また、近代美術は自然的世界を視覚表現に置き換えていくものなのに対し、現代美術のほうは、自然を表現するという目的に縛られない、どこまでも自由な形態を持ち得るものです。現代美術にとって重要なのは、自分の見方、感じ方です。新しいものに向かうわくわくした気持ちで、フラットな想像力を働かせることが理解の源泉なのです。
吉井仁実著『現代アートバブル いま、何が起きているのか』光文社新書 2008年 pp.158-159