ずっと昔、渋谷のタワーレコードだったと思うが、立ち寄ったクラシックのコーナーで村治佳織の「パストラル」が推されていた。「美少女ギタリスト」だとかそういうノリのポップが貼られていたと思う。ふうん、と思ったのみでその時はその場を通り過ぎたのだが、後からどうにも気になってその棚へ戻った。その頃の僕にとってギター曲と言えば、バッハのリュート組曲目当てで買ったジョン・ウィリアムズのアルバム一枚を聴いた事があるくらいでほぼ何も知らなかったので、楽曲としては興味の持ちようがなかったにも関わらずその CD が気になってしまったのは、村治佳織の容姿が良かったからだろうか。結局僕はそのアルバムをジャケ買いした。
部屋に戻って聴いてみると、悪くはないと思った。それから後、そう頻繁にではないけれども、時折思い出したようにこのアルバムを聴くようになった。意気込んで聴くようなものではないが、部屋の中に流しておく音楽としては適切なであるように思えたので、主にそういう用途で流した。そしてその内に、部屋を満たしておくにはアルバム一枚では足りないと思うようになり、時を遡ってデビューアルバムから順に少しずつ揃えていったのだけれど、3枚目のアルバム「シンフォニア」の「オンブラ・マイ・フ」を聴いた時にふと思い付いた。これは午睡のための音楽であると。明るい陽差しを遮った屋根の下で、涼しげな風に撫でられながら眠りに落ちる自分の姿を夢想した。沈み込むような感じではなく、自分の身体を軽くして横たわっている事が出来るような魅惑的な眠りだ。そしてその季節は五月が良かろうと思われる。まだ強すぎない陽差しに目を細め、爽やかな薫風を吸い込み、年に何度もない最良の気候の日に聴くのが良かろうと思われる。
村治佳織のアルバムを全て持っている訳ではないが、自分が所有する中で午睡に最も適しているであろうアルバムを上に挙げた。曲単位ではもっと在るのだけれど、アルバムを通して聴きながら微睡むには少々邪魔になるような曲が混じっていたりするので、そういうアルバムは省いた。音階の高低差が少なく、溜めや抑揚が控えめで、淡々とした演奏を選んだ。
ボリュームを絞り、窓を開け放ち、揺れるカーテンの影に隠れるように身を横たえて聴く音楽である。
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