正月は二日から寝込んでいた。元日の午前に末弟の家族が埼玉へ帰り、やれやれ静かになったと午後を静かに過ごしていたのだが、夜になって急に身体が疲労して耐え難くなったので早めに床に入った。そして翌朝は頭と喉と背中と腰が痛くて起き上がれなかった。熱はあるがさほどでもなく、計ってはいないが恐らく38度少しくらいなものだったろう。大晦日辺りから咳が少し出てはいたのだけれど、突然の災厄であった。

 そこまではたまにある事なのでどうでも良いのだが、三日ほど寝込んだうちの前半は、覚醒した状態と昏睡した状態を行ったり来たりしながら長い時間を過ごした。時間の経過が感じられたのは、目を覚ました時に気付く部屋に差し込む光の量が変化するせいであって、痛みと苦しさに荒く呼吸しているだけの存在と成り果てていた自分には何も考える事すら出来なかった。ただし、目をつむってしまうと瞼の裏に映像のようなものが見えた。それは健常な時でもたまに見える抽象的な色彩パターンではなく、やけにリアルな具象ばかりであり、大きな意味でのパズルのようなものだった。鉄片を切り取った複雑な形のジグソウパズルのようであったり、悪質な人々であったり、文字としての恨み辛みを繰り返す言葉だったりした。それが何かの答え合わせをするかのように二つのものが組み合わせを確かめ、大概は上手くいかずに次のものに入れ替わった。それは4分の1拍子くらいの速度で入れ替わり、それがずっと続くのだ。ああ、とうとう頭がおかしくなったのかと思っていると意識が消える。その繰り返しだった。途中何度か家人から声を掛けられ、生返事をするという事を何度かしている。差し入れて貰った果実を食べたり、ポカリスエットを飲んだりもしていた。

 それから二日目の午後に目を覚ますと身体が随分と軽くなっていたので、どうにか起き上がって台所へ行きマンゴージュースを飲んだ。その時に気付いたのだけれど、口の中からフリスクの破片のような白い物質が驚くほど出てくるし、鼻をかめば血の混じった地獄絵のような粘液が出てくるし、下唇の皮が痛みもなくペロリと全部剥がれた。一体自分はどうしたのか。もしかしたら本気でヤバかったのではないか。考えると恐くなるので自室に戻って再び床へ戻った。身体を横たえて目を閉じると、瞼の裏の映像は見えなくなっていた。僕は深く安堵し、今度は長く眠った。
 しかし睡眠は浅かったようで、今度は夢をいくつも見た。それは映像の断片が脈絡もなく繋ぎ合わせられているようなもので、陰影が強く、色彩が派手な映像だった。しかも物凄く解像度が高くて、思わず(夢の中なのに)眼を凝らしたり前のめりになってしまった。内容は殆ど覚えていないが、人や風景だったような気がする。とても美しい映像だったと思うが、いささか疲れる夢だった。

 現在では完治はせずともだいぶ復調している。思い返せば珍しい体験だったので多少面白く感じるが、二度は御免である。初夢が一富士二鷹三茄子どころか、禍々しい魑魅魍魎のパズル絵だったとは恐ろしい。この体験が厄落としにでもなってくれれば良いと願うのと同時に、後から見た夢のように刺激的で美しい光景に自分の現実が飲み込まれる事を願ってやまない。