過去にもう一人、アートマーケットの基盤を形作ったキーマン的存在として、あのパブロ・ピカソが挙げられます。ピカソといえばキュビスムの創始者であり、二〇世紀の美術を代表する偉大な芸術家です。しかし、彼が美術の流通に資本原理を取り入れた先駆的存在であり、アートマーケットの立役者の一人であることはあまり知られていません。
ピカソは自らの作品の流通の状況をつぶさに把握し、上手にコントロールしていたと言われています。作品が多く出回っているときには新作の発表を控え、少なくなってきたと思えばギャラリーに作品を卸すようにしていました。いわば、受給の調整を通じた価格や人気の維持、作品のブランディングを自ら行っていたのです。
また、アーティストとギャラリーが正式に契約関係を結んだのも、ピカソが初めてだったと言われています。それまでは、創りたいときに創りたいものを制作していたインディペンデントなアーティストは、ときにギャラリーに作品を買い叩かれることもあるような弱い立場におかれていました。しかしピカソは、ドイツ人画商カーンワイラーとタッグを組み、戦略的な作品制作・発表・流通の一連のプロセスを築き上げました。ピカソは天才的なアーティストであると同時に、一流のマーケッターでもあったのです。
吉井仁実著『現代アートバブル いま、何が起きているのか』光文社新書 2008年 pp.80-81
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