DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

Tag: diary (page 6 of 32)

空の色は秋へ

 この二日間、僕は漠然とした後悔と罪悪感に苛まれていた。それは未だに続いていて、何かしらの答えが出る気配すらない。不思議なのは、後悔する事が在るのは何となく解るにしても、罪悪感に苛まれるというのがよく解らない。何しろそんな覚えがない。しかし確実に、罪悪感を伴ってある人の事が思い出される。きっかけが在ったとは言え、どうして今そんな思いに捕らわれなければならないのか。ようやく忘れかけていたのに。もしかしたら、忘れてはいけない事なのか。

空蝉

 昨夜遅く、ベランダへ通じるガラス戸を開けると蝉が飛び込んできた。部屋の明かりに呼ばれたのか、暫く部屋の中を飛び回った後に窓際のカーテンへしがみついた。さすがにそこで鳴かれたらとんでもなく煩いだろうなと思い、僕は指でつついて外へと追いやった。ジジッと鳴いてカーテンを離れたが、蝉はそのまま夜空へとは飛んでは行かず、ベランダの中に留まったようだ。まあ仕方がない。僕はガラス戸を閉め冷房のスイッチを入れた。

 そして今朝、ガラス戸を開けるとベランダの床に蝉が腹を見せて転がっていた。しゃがみ込んでよく見てみると、6本の脚をウヨウヨと動かしている。未だ亡骸ではない。しかしもう間近だ。今まさに命を終えんとする生き物をどうしたら良いのか暫し考えた。他の場所に移すのは何かしらに反する気がしたので、蝉はそのままにしておく事にした。僕はガラス戸を締め、鞄を持って部屋を出た。

夏の光

 横断歩道を渡るべく歩道の端に立ち、何となく目を遣った4車線の車道の向こう側。信号機の横に、義足をつけた女性が立っていた。やがて信号が青へと変わり、人々が一斉に車道を渡り出す。
 二十代半ばくらいだろうか。水色のシャツに、白いカバンを抱き、白いミニスカート、白い靴を履いて、ポニーテールに結んだ髪の毛をリズミカルに揺らしながら、動作も柔らかく、まっすぐに前を見据えながら歩いて来た。右足が金属のシャフトである事が不思議に思えるくらい、動きに違和感を覚えなかった。もっと言えば、金属の脚が必然であるような気さえしてくる。彼女は毅然と、両の脚を周囲に見せびらかし、颯爽と歩いていた。

 横断歩道の中ほどで僕は右側に進路をずらした。右手に在るコンビニへ行く為。というのは嘘で、本当はその女性と対峙するのを躊躇したからだ。それは何故か。彼女の不遇に憐憫の情を持ったのかも知れないし、強くしなやかな光を放つ、明らかな美へ対する恐れなのかも知れない。それかはたまた、クローネンバーグが撮った「クラッシュ」の中の、ロザンナ・アークエットの強制具を装着した脚の、倒錯的な美しさを思い起こしたからなのかも知れない。

 彼女は僕の3メートル先を、白いスカートを翻し、進化した人間であるが如き面持ちで、夏の光の中を歩き去って行った。

甘く危険な香り

 二週間くらい前だろうか。通勤電車の途中駅で乗り込んできた若い男女。入社したてであろう会社員。男の方は、まあ特に興味は持てない風貌で、片や女の方は大変な美人であった。薄いウォームグレイのスーツを着こなし、少し捲きの入ったセミロング、日夜身体を磨き上げている様子で、肌は白く輝いている。
 とまあ、そんな感じの女であったのだけれど、そんな事は本旨には関係ない。彼女は香水をつけていた。しかも強めに。思い起こせば20年前くらい前は結構多くの女性(に限らず男性も)が香水をつけていたような気がする。その頃の僕はまだ20代で、関わる人も同じくらいの年代だったからそうであったのかも知れないないけど。今でも、若い人達の方が香水をつめている確率が高い気がする。

 話が逸れた。この話の主題はその香りの事だ。香水に詳しくはないから名前なんて全然判らないが、とにかく、吸い込まれてしまいそうな香りだった。僕は昔っからその類の香りがとても好きだ。何年かに一度くらいの確率でしか出会わないから正確なところは判らないのだけれど、おそらく毎回違う香りだと思う。しかしその「吸い込まれそうな」という感覚はかなり近似している。もしかすると、香水自体(香水単体)の香りではなく、その人の体臭が混じった匂いであるのかも知れない。まあ、よく判らない。

 ともかくも、その日のその若い女から漂う匂いはそういう匂いであった。同行している男はどう見ても気がある素振りで、そりゃまあそうだろう。そして困ったのは、乗降の煽りで僕の隣まで移動してきたその女の肘が、僕にガシガシ当たって来る事である。よくある事だ。何故だか知らないけど、僕はよくそういう目に遭う。理由は知らない。未だによく解らない。解らないから放っておく。そのくり返し。

 その二人が僕が乗る車両に乗り込んで来たのはその日だけだった。たまたま乗り合わせただけだったのだろう。甘く、危険な香りの記憶だけが残った。

願わくば

 彼らの希なる繋がりと、それぞれに抱える未来が、費えることなく、ずっと続いて行きますように。

Older posts Newer posts

© 2024 DOG ON THE BEACH

Theme by Anders NorenUp ↑