先週の水曜日、昼休みにコンビニへ行こうと僕は外を歩いていた。冷たい風が吹いていたが、空は晴れやかで大気の襞に春の予感を孕んでいた。その時僕はふと思った。いずれはこの世に別れを告げなくてはならなくなるだろうが、出来れば今日みたいな天気の日に息を引き取りたい。そう思っていろいろと妄想してしまうのだった。その内容を以下に記す。
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早死にはしたくないので、そうだな、僕は齢90を越した老年とする。長らく古い日本家屋に住んでおり、中庭の見渡せる縁側の傍の部屋で床に伏せている。家族は・・・出来れば居て欲しいな。それが妻でも娘でも、何なら息子でもいいんだけど、長患い若しくは老衰で寝たきりになっている僕の面倒を、緩やかに看てくれる人が居た方が画も締まるというものだ。
季節は冬の終わり。中庭には残雪が残りつつも麗らかな陽射し。風は冷たいが何処かしらに春の息吹を孕んでいるように感じる空気を吸い込み、僕は開け放たれた障子の向こうに、枯れて黒くくすんだ低木や樹木を床に着いたままぼんやりと眺めている。唯一緑を保っているのは熊笹のみで、葉の縁を枯らしながらじっと絶えて春を待っている。いつの間にか三毛の飼い猫が庭に降り立ち、残雪の掘り返している。彼は知っているのだ。其処に未だ見えぬ命が芽吹いている事を。僕は知らないうちに自分が微笑んでいる事に気付く。これまで幾多の季節が流れ、繰り返してきた己の人生が終焉を向かえている事に納得がいった瞬間だ。やがて春が訪れる。そうとなれば新しい命が次々と生まれ出で、この世は受け継がれて行くのだろう。安心した。もう充分に生きた。僕がこの世に留まる理由など一つもない。この世は豊穣だ。僕は目を閉じて、地中にうごめく命の音を楽しみながら、一つ、大きく息を吸い込んで、吐息と共にこの世に別れを告げる。さようなら世界。さようなら僕。そして僕は命の灯りを消す。
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出来ればその瞬間には、障子の影に、妻か娘か息子に佇んでいて欲しい。一つの命が終わった事を、黙して受け止めて欲しいものである。
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