DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

Month: January 2008 (page 1 of 2)

灯油の匂い

 escobor さんが石油ストーブについて書いていたので思い出した事を少し。

 僕はどうにも寒いのが嫌で、気温が20度を下回れば寒いと感じるし、10度を下回れば屋外に出る気になれないし、一桁前半の気温ともなれば「俺を殺す気か!」くらいの気持ちで天を睨み付けるような温帯気候に適した人間である。僕にとっての適温は27〜28度である。
 そんな僕であるが故に、数年前まで石油ヒーターを使っていた。エアコンの温風でも間に合わない寒さの場合はやはりストーブだろうと近所のイトーヨーカドーに行ったのだが、生憎とストーブを売っておらず仕方なくヒータを買ったのである。幸い近所の灯油を売っている所が在り、土曜日にそこまで赤いポリタンクを持って行き、帰りには満タンのポリタンクを休み休み部屋まで運んでいた。
 そして或る年の冬、前述の店の主人が突然「土曜日は灯油を売らない」とよく解らない事を宣言し、僕は石油ヒータを使えなくなる。ガソリンスタンドで買えば良いのだが、何しろ其処までが遠い。僕の腕力では無理である。僕は泣く泣くエアコン生活を強いられる事になる。僕は家庭用エアコンによる空調が好きではない。自分が工業製品の一部にでも成ったような気分になるし、空調の音が煩い。それに冷房は未だ良いけれども、暖房が嫌だ。冬場の暖められた空気が風で流れるというのが不快だ。
 そして僕はある時通販でデロンギのオイルヒーターを(FMラジオのショッピングコーナーを聴いていて、その場のノリで)買った。これなら空気は動かないし、海外の映画などでよく登場するから憧れていた部分もある。しかしながら、小型のタイプを買ったせいなのかこれが余り暖かくないのだ。暖まるまで時間がかかるし本当に寒い時には余り役には立たない。なのでオイルヒータは秋や春に使う事が多かった。しかし今年は暖冬のせいか、最近までオイルヒーターのみで過ごせていたのだ。この暖かさは良い。優しく暖められた空気は大変心地良い。
 それが此処暫くの寒さに耐えきれず、嫌々ながらもエアコンの電源を入れる。確かに暖かいが、やはり好きではない。灯油の匂いが懐かしい。臭いと言えばそうだが、既にあの匂いは記憶の襞に深く刻み込まれていて余り不快には思えないのだ。灯油の匂い、暖かな室温、シュンシュンと鳴るヤカン、結露する窓ガラス。それらは冬の記憶として僕の意識の奥底に存在している。

山手線沿線を歩く(池袋〜目白)

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幼稚園の壁画: 公共の施設等に子供の描いた絵が陳列されているのをよく見かけるが、僕はあれがどうも好きではない。何だか妙な作為を感じるのだ。あれは子供が大人に描かされた絵であるのだと思うと気分が悪くなる。勿論全てがそういう絵だと言っている訳ではなく、主題が決められているような場合にそう感じる。描いた本人が自分が好きな対象を好きなように描いている場合にはそうは感じない。そもそも子供が描いた絵をそんなに有り難がってどうするのだろうか。突出した技能を持つ絵だとするなら良いのだけれど。
 で、この幼稚園の壁に描かれた絵なのだけれど、これは何となく気に入ってしまった。子供達が勝手に描いたものだとは思えないし、子供が描いたにしては全体に纏まりがある。なんだろうかこれは。子供が描いた絵を大人が壁んい描き写したんだろうか。

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高台から線路を見下ろす:山手線の線路脇はこんな風に土手に樹木が植えられている場所が結構在って、車窓から見れば箱庭を思わせるような眺めである。ちゃんと剪定しているようだが、これって敷地内だからやはりJRが雇った庭師がやっているんだろうな。でも剪定しているところを見た事がないんだけれど、一体何時やっているのだろうか。

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高台の上の道: 人も車も余り通らないただの道。ここまで駅から離れると本当に静かだ。この街に限らず、山手線沿線は実は結構住みやすい街であるような気がする。駅周辺は栄えていて、生活していくのに必要な物は其処で殆どのものが手にはいるし、歩いて10分も行かないうちに閑静な住宅地となる。勿論ターミナル駅周辺は除くが。以前、山手線沿線に知人が二人ほど住んでいた事があるが、なかなか住み心地が良さそうであった。

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目白駅: 目白と言えば女子大である。いや、そんな事もないんだけど馴染みのない地区なので他に持てる印象がないのだ。ただ、小綺麗な街であるような印象はずっとある。駅舎の外装も近代的で小綺麗だ。駅前でぼんやりしていると(休日であるにも関わらず)やはり学生が多い。
 ところで「女子大生」という肩書きがテレビで持て囃された頃があったと思うのだけれど、そもそもあれは一体何だったのだろうか。などという事をつらつらと考えていたら「オールナイトフジ」に辿り着いた。そうだそうだ、その後に「夕焼けニャンニャン」が企画されたんだった。「なんとなく、クリスタル」とか「 POPEYE 」とか、田舎に住む僕にとっては遠い世界の話だったなあ。

Violin Concerto, Op.35 I Allegro moderato / Peter Ilyich Tchaikovsky

 一体どういう流れでこの曲のCDを買うに至ったのか全く覚えていないのだが、僕は学生の時に、1988年に発売されたロンドン交響楽団チョン・キョンファが演奏するCDを手に入れ、それから長い間度々この曲を聴いてきた。
 同じ曲を何人もの人が演奏している場合、どうしても最初に聴いた音が基準となってしまい、その後は基準曲に対する比較として聴いてしまうのは常である。他の人が演奏したものをラジオなどで何組か聴いてはいるのだが、どうも違うというか物足りないというか、結局その他の音源は買うまでには至らず、このCDだけを聴き続けている。何というか煮えたぎるような情熱が足りない。ハイフェッツなんかだと、余りにもさらっとし過ぎていてうっかりと聴き流してしまいそうになる。

 今年の正月にのだめカンタービレの特番を観ていたところ、劇中ではこの曲が「派手な曲」扱いされている事が意外に思えた。この曲を知った頃の僕の精神状態のせいか、それともチャイコフスキーの半生を知った際のの印象なのか、僕はこの曲に対して長い間負の印象を持っていた。曲中、バイオリンのソロの部分で、所々に奏でられる粗野とも言えるような目の粗いくぐもった低音や、押し殺した叫びのような断続的な高音が、そのような印象を僕にもたらすのかも知れない。それらの音を経ているからこそオーケストラの爆発的なメロディーが、まるで突然に世界が開けたような歓喜を呼び起こすのだろう。

 ところで、これは全くの蛇足で本当に余計な事だとは思うが、この曲の最後で全ての音が収束する時のリズムが、射精直後の、開放感と後悔と諦めとが複雑に入り交じったあの感覚によく似ている。

一汁三菜

 日本に於ける食事の基本と謳われるこの形式。厳密にこれを守っている家庭人など殆どいないのではないかと思うが、思い返してみれば、僕の実家での食事は基本としては大体に於いて守られていたように記憶する。飽くまで基本だけどね。しかも昔の話で。
 揃いも揃って身勝手で好い加減な性格の持ち主である我が家族は、年月を経る毎に基本が崩れていく。放っておけば勝手に自分が食べたいものを勝手に作り始める男共に対して、母だけが最終的な基本形を守り続けていた。毎日の生活に於ける中心はどう考えても母であったし、またそうあるべきである。しかしながら唯一人、人の話の腰を折るのもまたこの人である。誰かが喋っていても余り聞いていない。自分が喋りたければ周囲の意志や状況はお構いなしである。・・・いやまあ、そんな話は関係ないか。

 僕の食生活の起点となっているのは晩酌時である。夜ともなればずっと呑み続けているので、必然的にまともな食事をする事がない。肴にちょっと毛が生えたくらいのものである。それでも一応は栄養のバランスはうっすらと考えてはいて、野菜とタンパク質を交互に摂ったりしている。炭水化物を摂る事は少ない。夜中に余程腹が減った場合か、休日の夜くらいなものだ。そして足りない炭水化物は朝や昼に摂る。朝は何か食べないと目が覚めないので、何かしら食べる。平日はコンビニでおにぎりを少なくとも一個は食べている。そして昼も炭水化物が中心の食事を摂る。
 朝や昼は時間をかけて食事をする暇はないので、取り敢えずエネルギー源を掻き込み、夜は酒を呑みながら炭水化物を摂る気には余りなれないのでそれ以外の栄養素を摂る。一日を平均すれば実に理に適った栄養摂取であるように思うのだが、どうなんだろうか。

 そんな生活を続けている僕も、最近は一汁三菜の食事というものが、やはり日本人の食生活に於ける理想型であるのではないかと思い始めている。昔から口の中が乾く感覚が嫌いなので、食事時に汁物は欠かせないし、タンパク質中心の食事は気が滅入る。そして歳をとったせいか日本食以外の食べ物には違和感を感じるようになってきた。三食とは言わないまでも二食でも一汁三菜の食事を摂っていればもっと健康なのだろうなあ、と考えるよりも先に身体で感じている。とは言え単身者にその食生活は異次元の話のようにも思える。しかしながら食生活の追求というか充実は、似非とは言え文化人の基本であるよなあと思う冬の夜。

 余談だが、神楽坂に日本酒と一汁三菜しか出さない呑み屋があるらしく、二度ほど足を運んだのだが何れも店が閉まっていた。今ではその店の名前をも忘れてしまったのだが、やはり行ってみたいなあ。

追記 2008.01.22: その神楽坂の店の名前は伊勢藤であった。それと、一汁三菜はお通しだけの話で、その他にも色々と用意してあるとの事。リンク先に更にリンクされたサイトに店構えの写真が在る。この季節、粉雪が似合いそうな素晴らしき風情。

山手線沿線を歩く(大塚〜池袋)

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陸橋〜小径: 大塚駅からすぐの陸橋を越え、商業地域を過ぎた辺りに本道から逸れて行く微かな、それでいて魅惑的なY路地が在った。そこはやはり線路沿いを道を選んだのだが、其処にはもう素晴らしい小径が伸びていた。左手には路線の敷地と公道を仕切る金網。右手には民家の塀代わりの金網。しっかりと舗装された道の路肩には背の低い雑草が生い茂っている。此処も早朝か真夜中に歩いてみたいなあ。
 こんな道でも人と擦れ違うのだが、彼らは一様に目を伏せがちに歩いている。それは何処の小径でもそうだったのだけれど、やはり裏通りというのは人をうらぶれた気分にさせるものなのだろうか。

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路線両側の高台の風景: この辺は住宅が多い。線路沿いの道をスタスタ歩いていると、小学生の駐輪場と化した公園だか広場が在り、その先には古木に玄関を浸食された住宅が在り、更に進んでいくと庭の植物に水をやる中年男の表情からそこが行き止まりである事が判った。仕方なく道を戻り、横道に入って抜け道を探した。
 再び線路沿いの道に出る直前に在る民家の壁には、無駄に展開された消費者金融の看板。この民家、この写真では判りにくいが、軒の柱に使用した飾り造りのブロックを故意にずらして積んでいたりして、なかなか面白い意匠を凝らした民家であった。

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増殖する視線: だんだんと池袋に近づくにつれて歩行する人々に対する訴えかけのような物が増えてくる。飼い犬に用を足させる事を禁ずる手作りの札。実はこの直ぐ上にも同じ内容の今度はアクリル製の札が取り付けられていたりする。その先の、自動車道に出る手前に在るスナックはこれ以上ないくらいにシンプルな店名で、入口の周りは物置なのか飾り棚なのかよく判らないくらいに混沌としている。
 陸橋手前の柱には一体何に対するアジテートなのかよく判らないビラが貼り付けられていて、その陸橋から池袋方面を見遣れば、それはもう正にメトロポリス。

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池袋駅前公園: 本来ならばここには池袋駅の駅名を撮った写真が配置されるべきなんだけれども、大ガード付近の金属と油とコンクリートで造られた異形にすっかりテンションが上がってしまった僕は、そのまま浮かれた気分で歩いていたので撮るのを忘れてしまったのである。

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